交通事故の損害賠償実務②「裁判所による逸失利益の認定①~労働能力喪失期間の終期」
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【逸失利益の算定について】
後遺障害が認定された場合、交通事故の賠償実務では、
「事故がなければ得られたはずの将来収入と事故が発生したことによる現実の将来収入の差」
を、逸失利益として算定し、賠償対象とする扱いになります。
もっとも、
事故がなければ得られたはずの収入と現実の将来収入の差といっても、
そもそも、事故がなければどのような未来があったかなど不確かなものに過ぎませんし、事故があったことによる現実の収入といっても将来の収入を想定する訳ですから、フィクションの世界と言わざるを得ません。
しかし、賠償金額を算出するためには、フィクションであっても、何らかの計算をしなければなりません。
ここで、逸失利益の計算ですが、
「①基礎収入×②労働能力喪失率×③労働能力喪失期間」
で計算します。
※ 未就労者の場合などでは、上記計算式をベースに若干変更して計算します。
よって、
①②③の数値が、出来るだけ大きな数字になれば、被害者側としては、計算される逸失利益の金額が大きくなるわけです。
【労働能力喪失期間は67歳まで、67歳をこえる場合は平均余命の2分の1、とするのが基本】
上記「③労働能力喪失期間」について、
公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編・民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準(赤い本)では、
「労働能力喪失期間の終期は、原則として67歳とする。」「症状固定時の年齢が67歳をこえる者については、原則として簡易生命表(略)の平均余命の2分の1を労働能力喪失期間とする。」
と記述されています(2021年版では105頁)。
これが、労働能力喪失期間についての基本的な考え方とされています。
【67歳までとされた経緯について】
ここで、
法律実務家であっても、
「定年60歳+α」で「67歳」までを労働能力喪失期間と考えている、
と誤解している方が、かなりおられます。
しかし、
67歳までを労働能力喪失期間とした経緯は、このような考え方によるものではありません。
昭和49年の文献ですが、
判例タイムズ310号57~71頁に、東京地方裁判所所長や仙台高等裁判所長官、名古屋高等裁判所長官などを歴任されることとなる沖野威裁判官が執筆された記事、
「東京地方裁判所民事交通部の損害賠償算定基準と実務傾向」(沖野威(東京地裁判事))があります。
ここでは「稼働終了時期を67歳とすることは基準とされた。これは第12回生命表(昭和44年)の○歳男子の平均余命67.74才によったものである。(中略)寿命延長傾向にかんがみ、就労可能年数も早晩改訂を免れまい。」(59頁)と明記されています。
すなわち、67歳と考えられた出発点は、平均余命が67歳だったことによります。
しかし、実務において、定年60歳を基礎に考えているのではないかと感じられる裁判例や弁護士の主張を多く見受けます(稲葉弁護士の私見)。
それどころか、
近年では、後遺障害の内容によっては、更に労働能力喪失期間を限定する傾向が強まっていると、被害者側を中心に交通事故事件を扱う弁護士としては、非常に危機感を抱いています。
③労働能力喪失期間を限定することは、①×②×③で計算される逸失利益の金額を減少させることになりますし、
それどころか、連動して、①基礎収入の金額も減少させることに繋がり、更に逸失利益の金額が減少しかねません。
(続く)