交通事故の損害賠償実務①「女子年少者(乳幼児~大学生のご年齢の方)の逸失利益算定における基礎収入」
ガイド一覧へ
交通事故事件における実務の流れは次のようになっています。
【現在の実務の流れ①~中学生までの場合~】
義務教育終了時(中学校卒業時)までの、女子年少者の逸失利益算定にあたっては、全労働者の平均賃金を基礎収入とするのが一般的と言われています。
例えば、交通事故事件において影響力の大きい、東京地方裁判所民事第27部(交通部)の講演録ですが、平成29年9月30日の講演で、影山智彦裁判官がそのように発言されています。
交通事故の被害者側を主として扱っている稲葉弁護士としては、将来のことは分からないとする考え方も、頭では理解できますが、
(裁判所としては、ある程度、一律に判断しなければならない立場もあるのではないかと推測します。)
教育熱心な親御さんのもとで、手厚い教育を受けているお子さんについて、そのお子さんの具体的可能性や親御さんの労力を反映せずに、全労働者の平均賃金を基礎収入とすることには、違和感を感じています。
なお、女子年少者の逸失利益算定にあたっては、全労働者の平均賃金よりも低額となる女子の平均賃金を基礎収入とする裁判例もありますので、注意が必要です。
例えば、東京高等裁判所平成13年10月16日判決は、11歳の女子児童につき、女子の平均賃金を基礎とした原判決を維持しています。
ちなみに、この高等裁判所判決については、上告と上告受理申立がなされましたが、最高裁判所は上告棄却・上告不受理としています。
したがって、稲葉弁護士としては、この点が訴訟において争点となった場合には、高等裁判所レベルまでに決着をつけるしかないと考えています。
【現在の実務の流れ②~高校生の場合~】
影山裁判官の講演では、
・基本的には全労働者の平均賃金を用いることとしてよいのではないか、
・大学進学等の進路が具体的に決まっているような場合などは、個別具体的な事情に応じて判断する、
と結論づけています。
裁判例としては、例えば、
・17歳の通信制普通科の女子高校生について、全労働者の平均賃金を適用した裁判例
・大学への進学が決定していた女子高校生について、女子・大卒の平均賃金を適用した裁判例
・中高一貫の進学校に在籍しており、成績も優秀であった女子高校生について、全労働者・大卒の平均賃金を適用した裁判例
などがあります。
交通事故の被害者側を主として扱っている稲葉弁護士としては、高校生の交通事故(死亡事故・後遺障害を残す事故)の場合、
現在の学業成績・進路希望・卒業生の進路などを示す証拠がないか、ご依頼者様によく確認し、一般的に公開されている情報であれば弁護士としても情報取得を試みるなどして、将来の大学進学やその先の進路について、説得的なストーリーを主張立証するのが、交通事故被害者側を扱う弁護士として、適切な弁護活動であろうと考えております。
【現在の実務の流れ③~大学生等の場合~】
影山裁判官の講演では、
・女子の大卒等の平均賃金を基礎とし、
・それでは実態に合わないというべき具体的な事情が存在する場合には、個別の認定によって判断するのが相当であろう、
と結論づけています。
裁判例としては、例えば、
・美容専門学校の女子学生について、専門学校・短大卒の女子全年齢平均賃金を適用した裁判例
・薬学部薬学科の女子大学生について、女子・薬剤師・企業規模計の平均賃金を適用した裁判例
・女子短大生について、全労働者の平均賃金を適用した裁判例(但し、短大卒業までは事故前のアルバイト年収額)
・教育大学教員養成課程の女子大学生について、男女計・各種学校・専修学校教員・全年齢平均賃金を適用した裁判例
などがあります。
稲葉弁護士としては、弁護士として主張立証すべき方向性は、高校生の場合と基本的に同じと思いますが、交通事故がなければあったであろう将来について、より具体的なストーリーが主張立証しやすいのではないかと考えております。
【現在の実務の流れ④~社会人の場合~】
影山裁判官の講演では、
・原則として、現に就労している以上、例え、年齢が若くても、交通事故があった時点の職業・稼働状況や現実の収入額をあわせ考えて、基礎収入を算定する、
・それでは実態にそぐわない事情がある場合には、個別の事情を踏まえて考える、
と結論づけています。
稲葉弁護士としては、社会人のケースについては、年少者でない場合と、弁護活動の方向性としては、基本的に同じでしょうが、若年であることから、「将来の可能性」について、より高額の賠償額につながるようなストーリーを主張しやすいのではないかと考えております。
※ なお、女子年少者の逸失利益算定においては、現在の実務の流れでは、男女間格差が生じてしまっているが、それで良いのか、という問題もあります。
例えば、(考えただけでもつらくなりますが)幼稚園のスクールバスが交通事故に遭い、男子園児と女子園児が死亡した場合、この2人の間で、賠償額に差が生じるのは不当ではないか、という問題です。
裁判所は、男女間格差の解消が望ましいが、現時点で男女間の賃金格差が現実に存在する実態も踏まえざるを得ないとして、
男子と女子とで異なる基準を用いることを許容しながらも、生活費控除率を調整することで、男女間格差を縮小しようとしているようですが、いずれにしても、裁判所でも、積み残された難しい問題と認識されているようです。